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     明輪寺(妙輪寺・姥寺)

 

 享保十一(一七二六)年、伊勢国三重郡川原田村の生まれの心譽浄円和尚が、この地に止まり開創したと伝えられています。当寺はもともと尼僧が住持していたため「姥寺」とよばれ、共同墓地と火葬場になっていました。

 森屋本家六代目森傳三郎の妻(法屋妙輪大姉・嘉永四・一八五一年没)が秋野家から嫁入りしましたが、男児(幼名周平・七代目傳三郎)を遺して早世してしまいました。そこで秋野家と森家とで相談して、菩提を弔うためこの寺を建て直しました。

 慶応の晩年に、山号を功徳山と定め、妙輪大姉の信仰篤かったことから「妙輪寺」と呼ぶようになったと伝えられています。本尊は室町時代の作と伝わる阿弥陀如来像です。

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