人というものは、今更ことわるまでもなく、各々性格の違いを備え、その有り様はまことに千差万別である。一人として同じ性格の人はいない、といってよいであろう。そうした性格の違いにより、あたかも万華鏡のように各人各様の色とりどりの考え方や態度が表われ、ときには周囲の人々に偏見や誤解を与えることになる。また、我々は自分自身を含め、人の性格というものを大変雑駁に眺めて、単に「善人」、「悪人」、「変人」などといった評価を下しがちであるが、元来それほど簡単に人の善し悪しを判別できるわけがなく、一個人の中にも良い面や悪い面、あるいは奇異な面が同居していることはいうまでもない。二重人格(ドッペルゲンガー)を扱った文芸作品として有名な「ジキル博士とハイド氏」のように、人の性格は、時と場合によってそれらが交互に、しかも無秩序に顕在化し、かつまた、その各々が周囲の都合のいいように受け取られるにすぎないのである。仮に我々が自他を含めて、人の性格の違いをより深く把握、洞察するよう努力すれば、ひとりひとりの言動や生きざまが従前以上に理解でき、互いが抱きがちな根拠のない偏見や誤解をある程度避けることができるのではあるまいか。
ここで、「性格」の位相の違いにスポットを当てて考えてみると、我々の性格は一般に、内因性、外因性、心因性の三つの要因によって形成されるといえよう。
内因性とは別名「気質」ともいい、遺伝子によって生前からすでに植え付けられたものである。これに対し、外因性とは周囲の社会環境や役割の影響を受けたもの、そして心因性とは気力ともいい、自分の意志によって後天的に獲得するものである。「三つ子の魂百までも」の諺にもあるとおり、我々の性格はほとんど、成長期における内因性や外因性の要因によって形成・決定される。ことに、胎児段階以前から脳細胞内の染色体に刷り込まれた気質はその後の人格形成に少なからぬ影響を与えるが、結局、成長の過程において自発的な生き方を持続・堅持することこそが、いわば「成人」の証となるのである。それ故、いかに年齢を重ねようとも、内因性や外因性の性格要因のみに依存した人間は結局、大人になりきれない未熟な人間であるといわざるを得ない。
クレッチマー(ドイツの心理学者)によると、我々の気質は、痩躯、肥満、筋骨質という体型上の違いによって、それぞれ分裂質、躁鬱質、テンカン質に分けられる(だが、このことは、我々がかならずしも精神分裂病や操欝病やテンカンになるという意味ではなく、潜在的にそうした素質があるということである)。
分裂質の特徴は一般に、非社交的で真面目であり、融通性に欠けるが、臆病で感受性に富み、従順で気立てがよいといわれる。躁鬱質の特徴は、社交的で快活だが、自分の思いどおりに事が運ぶと機嫌がよいものの、思いが叶わないとふさぎ込み、不機嫌になってしまうといわれる。テンカン質の特徴は、物事に熱中するタイプで別名、粘着質とも呼ばれ、鈍重な感性と、比較的落ちついた精神の持ち主であるといわれる。
一方、わが国の心理学者宮城音弥は、人間の性格を、偏執質、ヒステリー、神経質とに大別し、それぞれを強気、勝気、弱気と定義づけている。その特徴は、強気の人は自分の実力と自信が伯仲しつつも、自己を過大評価する傾向にあり、勝気の人は実力よりも自信が勝り、弱気の人は実力および自信のいずれも過少評価するようである。その結果、これらがそれぞれ昂進すると、強気の人はパラノイア(妄想
癖)に陥り、空想や幻想の世界に浮遊する疑似幻覚状態が発現し、他虐的になるといわれる。他方、勝気の人は周囲の状況に自分が適応できない場合には、その不満が欝積するとその対象原因を自分以外の要素に求め、ヒステリー発作をおこしやすい。弱気の人は絶えず自分の周囲への恐怖心や強迫視念に怯え、ノイローゼという神経衰弱状態に陥り、どのように行動しても自分にとって、「完遂した」という満足感あるいは達成感がなく、自虐的になる傾向が強い。
また、上記よりもさらに大局的な見地から人間性を類別するならば、人間対自然環境という図式に基き、「征服型」、「調和型」、「随順型」という三通りも考えられよう。
「征服型」とは、いうならば、現在から未来に向けて意欲的な姿勢で目的志向を持つ集団、「調和型」とは、現状を内部から徐々に改善しようとする状況志向を持ち、「随順型」とは、過去に照らし合わせて現体制を保持しようとする伝統志向を持った人間の集団ということができる。
以上を通覧して言えることは、我々はすべからく一様ではなく、概ね三種の性格のいずれかに属し、それぞれがある意味で、本来の望ましい姿から「片奇った」生き方(正常と異常を簡単に峻別することができない理由はここにある)を送りながら、総体として社会を構成し、歴史を形成してきたということである。いわば、人間というものは、理想的な「存在性」(あるべき姿)からかけ離れた生き物なのである。宮城音弥は、これら三種類の性格を正三角形の各頂点に据え、その中心からそれぞれ一番遠ざかった極にパラノイアやヒステリーや神経衰弱が現われると考えた。その結果、容易に得られる結論は、我々がこうした自己の偏向性に気づき、正常な性格の「正三角形」の中心に位置すると想定される本来の自己にいち早く戻る努力をしなければならないということである(むろん、「本来の自己」ということの定義自体、矛盾をはらんでいるのであるが)。
ちなみに、人間の「正常」と「異常」の違いに関して、著名なアメリカの精神分析学者エーリッヒ・フロムは、次のようにゴム紐をたとえとしている。「正常な人間とは新しいゴム紐のように延はせば元に戻るが、一方、異常な人間とは、古いゴム紐のように,延ばしたが最後決して元に戻らない。同様に、正常な人間の喜怒哀楽は時間の経過とともに元に戻るが、異常な人間のそれは元に戻らず、況やその自覚すらない」
このように、正常な人間は自分の言動の偏向性に気づき、常時自己の性格上の欠点を、他の性格の美点を取り入れることによって、本来の自己に戻すべく軌道修正を試みようとする。他方、異常な人間は、自分の性格の偏向性に気づかず、時には暴走し、一生を被虐、あるいは他虐的な性格を包蔵したまま、自己改革の暇さえなく自他ともに害悪を及ぼしながら生涯を終えることとなる。
仏教の開祖釈尊は、キリストの生誕を遡ること数百年の紀元前4、5世紀の昔、インド北部で苦修練行を実践した結果、真理に目覚め、覚者すなわち「仏」となったとき、人間の本来的に持つ「性(サガ)」ともいうべき無知のおそろしさ、邪悪さを身をもって感じとっていたに相違ない。釈尊は8 0年の生涯を通じ、人間のありのままの姿を直視し、そのあるべき姿を目指すべきことを繰り返し説いている。この点で、彼の創始した「仏教」は、「人間性の直視」を出発点としている、といっても過言ではない。就中、釈尊は次のように弟子たちに「中道」の重要性、必要性を強調した。
「出家者は二つの極端に親しみ近づいてはならない。その二つとは何か。諸欲のなかにあって、欲の快楽に耽けることは、卑しむべき凡人にして聖ならず。また、一方、自ら苦しめ、苦をこととするのは、ただ苦しみにして聖ならず。それもまた道理なきことに執着するに過ぎず。如来はこの二つの極端を捨てて中道を悟り給う。これ(中道)は(我々の)眼を開き、智を生じ、寂静を得しめ、覚悟を与え、正覚に至らしめ、涅槃に赴かしめる」
ここでいう「二つの極端」とは、快楽と苦行を指すが、人生航路はまさしく「過ざたるは及ばざるがごとし」であり、万事両極端に走るとバランスが失われ、正しい道(中道)から外れる。釈尊はそれを琴の糸にたとえ、その弟子のひとりに、
「もし汝の琴の糸が張りすぎたり、緩やかすぎたならば、そのとき琴は音声快く妙なる響きを発するであろうか」
と問いかけ、琴の糸が張りすぎたり緩すぎたりしない状態になることを良しとし、同様に、緊張した努力や怠惰な情神状態を戒めて中道への道を歩むべきことを力説する。しかしながら、「中道」への道を歩み、そこに到達すれば、それで万事がすむわけではない。真理とはこういうものだ、と言った瞬間に、人の判断が加わってしまうことになり、すでに真理そのものではなくなっているのである。これを前述の偏向性を持つ我々の性格に当てはめると、まずそれを是正すべく、中道という本来の自己のあるべき点(真理)を目指すべきだが、そこに到達した瞬間に「いち早くその場から離れよ」ということになろう。この状態を仏教では、「即非」といい、すなわち、「中道」とは固定した「場」ではなく「点」であり、それに「とらわれてはならない」ということである。
言わずとも、人間は不完全な存在であり、偏向性をもった生き物なるが故に、常に「人には負けたくない」、「何事も自分の思う通りにならないと気がすまない」、あるいは「人と同じようになるべきだ」などという竸争主義、完全主義や平等主義に行住坐臥、迫い立てられ、惑っているものである。しかし、こうしたことに現をぬかし、とらわれている限りは、決して何事にも満足感が得られずにストレスが溜まる一方であり、人によってはパラノイアやヒステリーやノイローゼに陥ってしまう結果となるのである。そういうことは無論、頭の中で理解していても、凡人である我々には、「中道」的生き方をせよといっても、その実現はほぼ不可能に近い。そこで、凡人の心に妄念が起こったときにはどうしたらよいかという問いに対して、浄土宗の開祖法然上人は、
「心の乱るるはこれ凡夫の習ひにて、力及ばぬ事にて候ふ。ただ心を一つにして良くお念仏せさせたまはば、その罪を滅して往生せさせたまふべきなり」(「勅修御伝」)
と、人間の本性に対し、慈愛と理解に満ちた眼差しを向ける。上人は、仏の中に自分のすべてを投げ入れて一心に念仏すれば、不完全で偏向性をもった自分に気づくと同時に、そのままでも仏の本願により本来の自己に立ち還ることができる、と言っているのである。人生に挫析したこともなく、知識や理屈のみに依存し、人生を机上の概念だけで展望しがちな現代人ならばおそらく、 「仏などこの世に実在するはずがない。いわんや、念仏を申すなど狂気の沙汰だ」と一笑に附すことであろう。だが、そのような人をこそ対象に、フランスの思想家にして科学者であったパスカルは、「回心」という宗教体験を経た後、彼の主著「パンセ」において、かつて次のような意味の述懐を残している。
「神は、自ら(神)を試そうとする人、例えば神は存在するのだろうか、と詮索するような人には、その姿を隠す。しかし、真に心の底から坤きながら神を求める謙虚な人の心に、神は自らを現す」
然り、これを、浄土宗の「念仏行」に当てはめるならば、虚心坦懐に自己を眺め、反省し、至らぬ自分に気づいて「念仏」を実践したとき、はじめて仏はその姿を我々の前に現すのである。
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