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不完全
かつて清少納言は「枕草子」の中で、「月は満月よりも、幾分欠けているほうが風情に富む」と記し、「徒然草」の兼好法師も「螺鈿は少し剥げ落ちたところに味わいがある」と述べました。こうした不完全さの中に美や意義を見出す心のはたらきは、そのまま自分自身やまわりの世界にも広げることが可...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月12日読了時間: 12分


自由と束縛
「自由」の二文字は昔も今もよく耳にしますが、「自由」とは何かということについて、一義的な解答を与えることはきわめて困難です。それが一体どのような状態を意味するのか、あるいは自分は自由であると言えるのかなど、考え出すと様々な疑問が湧いてきます。「自由か束縛のいずれを選ぶか」。...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月12日読了時間: 14分


平等
近年の社会的な議論には、「平等」をめぐる内容のものが多いようです。男女平等や国政選挙での一票の格差といった旧来からの課題に加え、夫婦別姓問題、非嫡出子相続分についての解釈、消費税の軽減税率の是非、あるいは外国人の参政権等々、枚挙に暇がありません。その一方で、「格差社会」とい...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月12日読了時間: 13分


目的と手段
「生きる」とは、ある意味で、昨日から今日、今日から明日へと、見えざる「時間」の道に沿いつつ「死」に向かって休みなく進んで行くということに等しいようなものです。では、たとえば現実の道を歩く人にとって最も大事な要素は何か。それはむろん、「どこへ行こうとしているのか」ということで...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月12日読了時間: 13分


自分を認めて欲しいという心理
近年、インターネット環境の急速な発展により、わたしたちは居ながらにして膨大な情報を瞬時に手に入れることができるようになりました。一方、それと並行するかたちで、ネット上での個人の発信が社会の動向に大きな影響を及ぼしつつあります。加えて、知人や世間からの認知または評価を得たいが...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月11日読了時間: 12分


忘却と記憶
かつて戦後からまだ10年も経っていない頃に、「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」という文句が巷で流行したことがありました。これは『君の名は』という連続ラジオ放送劇(昭和27年)の冒頭の台詞です。戦火の中で巡り合った男女が擦れ違いの運命に翻弄され、...

明輪寺 / 空性寺
2020年6月11日読了時間: 11分
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